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福岡高等裁判所 昭和58年(う)357号 判決 1984年7月12日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、主任弁護人田中義信、弁護人峯満、同北〓郎の三名が連名で差し出した控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、本件請託の内容は、すべて、宮原一夫の松浦市長の任期満了後にかかわる事項であつて、当時、同人は、次期松浦市長選挙の単なる一立候補予定者にすぎなかつたのであるから、本件については、刑法一九七条二項が適用されるべきであつたにもかかわらず、原判決がこれに同条一項後段を適用したのは法令の適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、宮原一夫は、安東敏之から、原半示のとおり、松浦市の市庁舎建設工事及びその他各種工事に関して、同人の経営する株式会社早岐商会又は同人の指定する業者が右工事を松浦市から受注できるよう便宜有利な取計いをしてもらいたい旨の請託を受け、その報酬として現金合計三〇〇〇万円の供与を受けた際には、現に松浦市長として在職していたのであるから、宮原一夫を右松浦市における次期市長選挙の単なる一立候補予定者と同一視することができないことは当然といわなければならず、また、松浦市の市長は、その発注する各種工事に関して、入札参加業者の指名及び入札の執行、管理の職務権限を有しており、宮原一夫が安東敏之から本件金員の供与を受けた当時すでに次期松浦市長選挙に立候補することを決意していたことは、原判決の挙示する各証拠に照らして明白であるから、少なくとも、宮原一夫には、右選挙に当選し、引続き松浦市長として市政を担当する可能性があつたことは否定できず、従つて、同人において、将来原判示の市庁舎建設工事及びその他各種工事に関しても、その職務を行いうることが当然予想されたところであつて、このように、当時現に松浦市長の職にあつた宮原一夫において、たとえ将来市長に再選された場合にはという条件付ではあつたにせよ、右のとおり、その再選の可能性があり、再選の暁には担当することあるべき職務行為に関し請託を受けて賄賂を収受した以上、同人の右所為が受託収賄罪に該当すると解すべきであることは多言を要しないところである(最高裁判所昭和三六年二月九日第一小法廷決定参照)。従つて、右宮原と共同正犯の関係にある被告人の原判示の所為につき刑法一九七条一項後段を適用した原判決には法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人に対し刑の執行猶予の言渡しをしなかつた原判決の刑の量定は重きに失して不当である、というのである。

しかし、記録を精査し、かつ、当審における事実取調べの結果をも検討し、これらに現われている本件犯行の動機、態様、罪質及び社会的影響並びに被告人の年齢、性格、素行、経歴、境遇及び右犯行後における態度など量刑の資料となるべき諸般の情状、殊に、本件は、宮原一夫が立候補した過去二回の松浦市長選挙の際に公職選挙法違反の罪に問われて罰金刑に二回も処せられたことのある被告人が、昭和五一年七月に施行される予定の同市長選挙に三選を目指していた右宮原一夫に対し、これに当選するためには最低約三〇〇〇万円の裏資金が必要であると進言し、右選挙後に建設することが予定されていた松浦市庁舎の建築を請負わせる密約を結んで業者から右資金を出させるにしくはない旨同人に汚職をそそのかし、同人と共謀のうえ、それまで松浦市発注の工事に殆ど実績のなかつた株式会社早岐商会の代表取締役である安東敏之に対して働きかけ、今後松浦市が発注する各種工事を同会社に受注させて実績を作り上げていき、最終的には市庁舎建設工事を受注することができるように便宜有利な取計いをすることを条件に、右安東から五回にわたり現金合計三〇〇〇万円の賄賂を収受したという事案であつて、その収賄額が極めて高額であり、その対象が市庁舎の建設に関している点で重大な涜職事犯であるといわなければならないこと、従つて、本件犯行が市民に与えた影響は大きく、民主政治の基盤ともいうべき地方自治制度に対する住民の信頼を著しく損ねたものであること、その犯行の動機も選挙運動の裏資金獲得の名目で行われていて悪質であり、しかも、被告人は、これによつて得た賄賂の半分以上を自己において利得していること、本件において、被告人が重要な役割を演じていることに徴すれば、被告人の本件刑事責任を軽視することはできず、市長の地位にあつた宮原一夫に比べれば、被告人には何らの身分もなくこの点は割引いて考えなければならないこと、被告人には、前記罰金刑のほかに古い道路交通法違反の罪による罰金前科一個があるだけであること、被告人が、本件犯行に及んだことを反省し、贈賄者の安東敏之に対し合計金七〇〇万円を返済したほか、四〇〇万円位の土地を譲渡して、同人から債務免除の意思表示をえていることなど所論指摘の被告人に有利な事情を十分斟酌しても、本件は、被告人に対しその刑の執行猶予の言渡しをするのを相当とするような情状の事案ということはできず、原判決の量刑は相当であつて、これが重きに失して不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

それで、刑訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

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